昭和52年12月06日 久保山フミ霊祭(二代親先生)



 只今、久保山さんところのおばあちゃんの百日祭を奉仕させて頂いたわけですが、御霊様の方でもう座った途端に久保山豊先生のほうが先に出て見えるんですよね。これなんかやっぱりあの御霊の世界って言うのはこれはあの理屈じゃないんだろうと思うのは、まあ普通だったら久保山先生の方がもう先に亡くなられて、ずっと先輩だからずっと御霊の位を格上に進まれておられるだろうと思うんですけど、住む世界というのは一つだということなんでしょうけど。
 それと同時に思わせて頂くのは、って言うのはあのー、今日も研修の時にその話が出たんです。今日はそのめぐりの自覚に立つということ。これはやっぱりあの信心させて頂く以上、これは一度あのー、その自覚に立つ必要がある。それこそ上野先生じゃないけれども、もう辟易するぐらいに自分のめぐり、身のめぐり、家のめぐりというものに気づかさせて頂いて、それこそ自分でげっそりするぐらいに、そのことを自覚させて頂く方がいいと思うのですが。
 ということは、言うならば自分は、その不具者じゃったというくらいにですね、言うぐらいの自覚がなきゃだめですね。簡単にこれはもうめぐりじゃけんでちゅってこれ、軽うするんじゃなくてほんとに自分はもう不具者、あのもう片手とか片足がないぐらいにですね、ほんとに自分はもう不具者の我と言う自覚が、あのいるんじゃないかと思いますね。ほんとに一人前に思うとるけえ、一様に腹を立ててみたり、不平不足を言うて見たりするわけだろうと思うのですが。
 今日こちらに来る前にあの、夕刊を見させて頂きよりましたら、あそこのカネミ油ですかあれ何て言うんですかね水俣病か?水俣病やね。であの亡くなった、にかかって21歳。それこそもう寝たっきり、「ああ」も「うう」も言わんで、21歳までお生かしのおかげを頂いて、あの今日亡くなったということが記事に載っておりましたけれども。もうこの人たちほどしの事だったらば、どうだろうかと思うんです。
 ほんとにあの、とても不平の言える自分じゃない、不足など言える自分じゃないと思わせて頂くわけですけれども。それが今日期せずして、あのうお二人の感じが、もう有り難うございますはもちろんだけれども。と言うのがもう自分のそのめぐりと言うものに、もう嫌と言うほどお気づきになられたお二人だということですね、この御霊様は。そのことが、一気一心、発起させて信心に向かわせたと。
 それこそ人の真似のできんぐらいな精進ができられたお二人だということを改めて気付かせて頂いたわけです。これはあのー、それこそ今日の御霊様に習わせて頂けて、そして、そこが抜けて初めて一切が親愛だということにならなければ、いけないんじゃないかと思わせて頂きました。これはもう一度改めて、自分のそれこそ心の不具者の自覚を持たせて頂きたいと思わせて頂きました。
   有り難うございました。